前回の記事↓の続編です。
前回は、仕事を効率的に進めて目標を達成するために「完璧主義を手放す必要性」についてお話しました。今回は、「英語学習における完璧主義」のお話です。
前回に引き続き、筆者自身が悩み抜いてきたテーマでもあるので、ちょっとマニアックですが、お付き合い下さい。
一般的に、英語力向上において完璧主義というのは非常に相性が悪いとされています。「完璧主義を捨てれば英語は伸びる」「日本人の英語ができない理由は完璧主義にある」というのは、英語学習者なら一度は耳にしたことがありますよね。
筆者もそう思います。周りを見ていても、やはり細かいことを気にせずにどんどん英語を話して吸収していくタイプは伸びるのが早いと感じます。
ただ一方で、「完璧主義的な資質がないと最終的には語学って伸び悩むよね?」という疑問もあり筆者なりに考えをまとめてみました。
【関連ワード】英語力と鈍感力/完璧主義 英語伸びない/英語が上達しない人の特徴/英語出来ない人 特徴/先延ばし主義/英語話せない
なぜ完璧主義は英語力向上を阻むのか
日本人の英語学習における完璧主義が英語力向上の妨げになっているというのは、よく聞く話です。
これは日本の英語教育において、コミュニケーションをとることよりも「筆記試験で間違えないこと」を重視して英語と向き合ってきたことが影響していると言われています。
このシステムだと文法的間違いは明らかなマイナスですからね。
英語の試験で高得点がとれていた人ほど、細かなミスをつぶしていく作業を経験しているはずで、常に「正解かどうか?」が気になるようになります。その結果、折角知識があっても極端に間違いを恐れて英語を話すことができないという負のスパイラルです。
「間違ってはいけない」「完璧でなければいけない」という思考ですよね。
- 「文法が間違っていたらいけない」と考えだすと話せない
- ネイティブのように正しい発音ができないから話さない
- 簡単な単語が出てこなくて恥ずかしいから全部覚えるまで話さない
こんな感じでしょうか。
文法が完璧で、ネイティブのように発音し、日常生活で使う単語を全て網羅してからでないと英語を話さないなら、一生スタートすらできません。
そもそも、ネイティブだって文法的におかしなことはありますし、全ての単語を知っているわけではありません。日本語だって、書けない読めない漢字や知らない言葉はいくらでもありますよね?
それでも英語となると、こんな冗談のようなレベルを自分に課す人が多いというのが「日本人の英語完璧主義現象」です。
子猿、可愛い…。
先に挙げたような教育システムもそうですが、この現象は日本という島国独特の環境も大きいと思います。周りに英語を話す人がおらず、英語を話す見本となるものが海外ドラマや映画のネイティブオンリーで、しかもその殆どが綺麗なアメリカ英語ですよね。
これがまず、勘違いの始まりです。
実際には世界の英語話者の内ネイティブの割合は25%程度と言われており、ネイティブの中でも更にアメリカ英語になるとその内の5~6割程度なんですよ(全体の12~13%)。世界を見渡すと実は第二外国語として英語を使っている人の方がうんと多いですし、ネイティブだってイギリス英語やオーストラリア英語等、色々な発音や訛りがあります。
筆者が留学した英国MBAのクラスメイトの英語ネイティブの割合もちょうど25%程度でした。非ネイティブは夫々に訛りがあったりレベルが違ったりしますが、それが当たり前という感じで英語の細かなミスを気に留める人なんていませんでした。
いや、細かなミスというか、文法がめちゃくちゃでも誰も気にしませんでした…。
言語の異なる国々が隣接するヨーロッパでは強い訛りも発展途上な英語力も全てが当たり前で、それがコミュニケーションツールとしての英語なんですよね。日本ではそんな雰囲気を肌で感じるのは難しいですが、「間違ってはいけない」なんて誰も思っていないのです。
なんでしょうね。英語に対して「間違えたら恥ずかしい」という感覚。日本人同士で誰かの英語力に関して評価し合うのもお馴染み。「英語力」というものに関心が高い証拠でもありますが、やりにくいことは確か…。
言語を話すことはトレーニングなので、量をこなす前に考え込んでいたら向上は望めません。
この意味で、英語学習における完璧主義は確実に上達を阻みます。
そもそも「完璧主義」とは何なのか
「日本人の英語に対する完璧主義」というのは傾向として実際にあると思いますし、日本人が英語に苦手意識を持つ一因になっていると思います。
ただ、日本のシステムの中で学生時代に試験ではしっかり高得点を取り、その上で間違いを恐れずに高みを目指してどんどん英語を話して、英語を使ってバリバリ仕事をするような人達もたくさんいるわけです。
この違いって何なのでしょう?
完璧主義もしくは完全主義は英語でPerfectionismですが、この言葉自体は心理学の分野の用語なんですよね。完璧主義の度合いによってプラスに振れることもあればマイナスに振れることもあり、マイナスに振れた場合はうつ病や精神疾患に繋がる危険性を孕んだ人格特性です。
昨今の研究では完璧主義にはこの振り幅で2パターンあると定義されていて、ポジティブ要素の強い「適応的完璧主義」と、ネガティブな要素が多い「不適応的完璧主義」があるんです。
では、両者を分けるものは何か?というと…、「失敗することへの恐怖」です。
前者は失敗や他者からの評価を恐れずに完璧を追求する特性を持つの対して、後者は失敗への恐怖が「完璧でなければならない」という思考に繋がります。
ここで筆者の冒頭の疑問…。
「完璧主義は語学力向上を阻む。でも完璧主義的な資質がないと最終的には語学って伸び悩むよね?」
これは正にプラスに出るかマイナスに出るかという差であって、ポジティブに振れれば悪ではないんです。
むしろ語学のような果て無き追求の世界においては、「適応的完璧主義」はすごく相性が良いわけです。どこまで追求すべきかいうのは個人の問題なので置いておいて。なので、完璧主義を自覚している方で、且つそれがポジティブで健康的なものであれば、むしろどんどんやっちゃってください…ということです。
でも「完璧じゃないと恥ずかしい」「失敗したくないからできない」というパターンにハマっている方は、ちょっと立ち止まって「本当の敵」を一緒に考えてみましょう。
筆者も英語の勉強を始めた当初、変な所にこだわって先に進めなかったリ、「失敗したくないから話す前に必ず入念な準備をしたい」という時期がありました。この時期は理想と自分の立ち位置が遠くて、思うようにレベルの上がらない自分にイライラしていました。
でも学習を続ける中で、小さな疑問を解消することで次のステージが見えたり、追求したからこそ発見できることも増えてきましたよ^
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本当の敵は「非行動主義」
もはや言葉遊びみたいになってきましたが、つまるところ、「完璧主義」という良いようにも悪いようにもとれる言葉を言い訳に何もしない「非行動主義」こそが本当の敵だと思うのです。
もしくは「先延ばし主義」ですかね。
- 失敗したくないからやらない
- 恥をかきたくないからやらない
- 自信が持てるまでやらない
完璧主義の1つ傾向として「all or nothing」がありますが、100か0かということなんですよね。「こうあるべき」という形から少しでも外れると無意味という思考パターンです。
英語学習において、自身の完璧主義がこのパターンにハマっていると思い当たる方、多いんじゃないでしょうか。これって結局、「完璧でなければ」というのを言い訳に結局「やらない」んです。それをポジティブ要素を含んだ「完璧主義」という言葉でごまかしていませんか。
行動しなければ何も始まりません。
「非行動主義」になっていませんか?
「非行動主義」を乗り越える方法
では、どうやって克服するか…です。
前回の記事でも書きましたが、まずは認めることです。
「失敗するのが怖いんだな」「批判されたくないんだな」「やらない言い訳をしているんだな」と自覚しましょう。そして、失敗への恐怖は、多かれ少なかれ誰もが持っている感情なので、それは恥じることではないと知って下さい。「完璧主義だから…」と言い訳している間は、結局何も変わりません。
認めてしまえば、後は克服できる環境作りです。
筆者は元来完璧主義の傾向があって、「こうあるべき像」を無意識に作ってしまいますし、自分がその納得できるレベルにいないと一歩踏み出すのが怖いです。失敗したら落ち込みますし、批判されたら凹みます。
でも英語学習において失敗は必要なプロセスだと言い聞かしてMBA留学を決めました。IELTSで規定のスコアに達しても、自信なんて全然ありませんでした。でも、自分の「こうあるべき像」に辿り着くまで待っていたら、一生その日は来ないことも分かっていました。
勿論英語だけでなく、自分の将来や他の要素も含めて検討した結果のMBA留学でしたが、飛び込んでしまえばやるしかないわけです。発音も全然だめだし知らない単語が沢山あっても、単位をとるには失敗しながらやるしか道がないですからね。
目標があれば、やるしかない環境を自分で作って飛び込んじゃいましょう。
MBA留学とまでいかなくても、何でも良いんです。TOEICに申し込んでみたり、英語サークルに入ってみたり。「もう少し上達してから…」ではなく、申し込んでしまえばやるしかないですからね^^
MBA留学を決めた理由はこちらの記事で書いています▼
最後に
今回は巷で言われる「完璧主義は英語力向上の敵である」と言う点について、ちょっと掘り下げて考えてみました。
自分が「失敗」だと思っていることって、他人から見たら全然気づかないようなことなんですよね。良くも悪くも誰も気にしていません。
自分で作り上げた「こうあるべき像」に縛られてなかなか動けないという方に、何かヒントになれば嬉しいです^^
「私の英語力どこまで伸びる?」